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東京高等裁判所 昭和51年(う)875号 判決 1978年2月27日

被告人 安倍和弘

主文

原判決を破棄する。

本件公訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高橋易男作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事三野昌伸作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

所論のうち事実誤認をいう点は、原判決は、被告人が原判示道路上で時速七五キロメートルで普通乗用自動車を運転した旨認定しているけれども、原審で取り調べた証拠をもつてすれば、被告人が時速七二キロメートル未満で走行したものと認定すべきものであつて、原判決は事実を誤認したものであり、そうであるならば、本件は反則事件として処理されるべきであるのに、その手続によらないで提起された本件公訴は棄却されるべきものであるというのである。

一、よつて、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、まず、関係証拠により、

(一)、警視庁第二交通機動隊越智巡査部長ほか警察官八名は、昭和四七年三月一〇日午後六時ころより東京都目黒区青葉台三丁目六番附近道路(通称山手通)(都公安委員会によつて最高速度が五〇キロメートル毎時と指定されている。)上で、三共電気産業株式会社製SNK―D型自記式速度測定機を用いて、中野方向より中目黒方向に向う車両の速度違反取締を行なつたこと、

(二)、右測定の方式は、車道上に一〇〇メートルの間隔を置いた測定開始地点と測定終了地点を設け、車両がその間を通過するに要する時間から平均時速を算出するものであり、測定に当つては、速度違反の疑いのある車両が測定開始地点を通過するとき、第一測定係の警察官が速度測定機のスタートボタンを押し、それと同時に機械が作動を始め、放電記録紙がくり出され始め、タイミングギヤの歯が〇・一秒毎に記録紙に接して、記録紙上に刻印をし、被疑車両が測定終了地点を通過するとき、第二測定係警察官がストツプボタンを押し、それと同時に機械は停止するものであること、

(三)、被告人は、同日午後七時五〇分ころ普通乗用自動車を運転して本件現場を通過し、右測定方式によりその速度を測定されたこと、

(四)、被告人車に関する記録紙には四八個の刻印があること、

以上の事実を認めることができ、これらの点については争いがない。

なお、原審における警察官らの証言により、右取締の際用いられた測定機は正確に作動していたこと、測定区間(一〇〇メートル)は巻尺を用いて正確に計測されていたこと、被告人車の速度測定に当つて、警察官らの操作に誤りはなかつたことも認められる。

二、記録紙に四八個の刻印がある場合、右刻印は〇・一秒毎に一個刻まれるものであるから、測定対象車両が一〇〇メートルを四・八秒以内(四・八秒を含む)で走行したことを示すものであるとすれば、被告人車は少なくとも七五キロメートル毎時の速度で走行したことになり、他に人為的過誤のない限り、原判示事実は優に認められることになる。ところが、この点に関する当審鑑定人仙田修作成の鑑定書および当審証人としての同人の供述によれば、

(一)、本測定機のタイミングギヤの歯の先と隣接する歯の先との間には、〇・八九ミリメートルの間隔があること、

(二)、従つて、本測定機のタイミングギヤの歯の先が記録紙に接しないで停止していることがあること、

(三)、右の場合、第一測定係がスタートボタンを押しても、直ちには刻印はなされず、ギヤが回転を始め、次の歯の先が記録紙に接して放電が行なわれたとき、はじめて第一番目の刻印がなされること(本件機械では、歯車の歯の位置如何にかかわらず、測定開始ボタンを押した瞬間に、記録紙にスタートマークが印されるような構造にはなつていない。)、

(四)、測定の終了の際にも、右(三)と同じように、測定時間中の最後の刻印が記録紙に印されたのち、未だ次の歯の先が記録紙に接して刻印がなされるまでの中間において、第二測定係がストツプボタンを押して、機械が作動をやめることもありうること、

(五)、右(三)と(四)が組み合わさつた場合、記録紙上の最初の刻印がなされる前および最後の刻印がなされた後に、それぞれ若干の時間の経過がありうること(もつとも、最初の刻印がなされる前に経過した時間については、最初の刻印をもつてすでに〇・一秒経過したものとみなして計算することにより、運転者に不利益とはならないようであるけれども、最後の刻印がなされた後に経過した時間については、計算上も時間の経過がないものとされる。)、そのため、記録紙に印された刻印の数から計算した時間よりも長い時間が、測定区間を通過するのに必要であつた可能性を否定できないこと、

(六)、したがつて、記録紙に四八個の刻印がある場合、それは、測定対象車両が測定区間を四・八秒以内で走行したことを必ずしも意味せず、四・八秒を越えて走行することもあり得ること、その越える量は、〇・一秒未満であること、

(七)、そうだとすれば、記録紙に四八個の刻印を残して通過した車両の平均速度は、必ずしも七五キロメートル毎時であるとは限らず、例えば七三・五キロメートル毎時であつたこともないわけではないこと、

以上の事実が認められる。してみれば、本件記録紙のみをもつて、被告人車が七五キロメートル毎時で走行したことを認定することはできず、記録を調査しても、右記録紙以外には、原判示事実を認定するに足りる証拠はない。(なお、当審証人川田清八の供述および同人作成の鑑定書によれば、陸上競技等において、人手をもつて計時する場合と同じく、たとえ計時作業は正しくても、第一測定係と第二測定係がそれぞれボタンを押すについて遅速の個人差があり、とくに、第一測定係はボタンを遅く押す癖があり、第二測定係はボタンを早く押す癖があり、この両者が組となつて測定するときは、対象車両が実際に測定区間を通過するに要する時間よりも短い時間が記録され、その結果、対象車両の速度が実際よりも高く測定されることがありうることが認められる。しかし、本件においては、この点まで考察に入れる必要はない。)

してみれば、被告人車が七五キロメートル毎時で走行したとの事実については合理的疑いを容れる余地があり、疑わしきは被告人の利益に従うという刑事法の原則に従えば、被告人は七五キロメートル毎時で走行したものと認定することはできない。もつとも、本件記録紙の記載に徴すれば、被告人は二五キロメートル毎時未満の範囲内において最高速度を越えて走行したことは疑いを容れない。

そうだとすれば、本件は、被告人が公安委員会の指定した最高速度を、二五キロメートル毎時未満の範囲で越えて運転した場合であつて、道路交通法一二五条、同法別表の定める反則者に該当するから、同法所定の処理手続に従つて処理されなければならない。しかるに、本件は、同法一三〇条但書に定める除外事由がないのに、反則行為に関する処理手続(同法一二七条、一二八条)を経ないで、直ちに公訴を提起したものであることは、記録上明白であるから、右検察官の処分は、公訴提起の手続が同法一三〇条に違反し無効であり、刑事訴訟法三三八条四号にのつとり公訴棄却の判決をするべきものである。それにもかかわらず、公訴棄却の判決をしないで、有罪の実体判決をした原裁判所の訴訟手続は、不法に公訴を受理した違法があり、同法三七八条二号にのつとり原判決は破棄を免れない。

そこで、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七八条二号により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により、当裁判所において自ら判断する。

本件公訴事実は、

「被告人は、昭和四七年三月一〇日午後七時五〇分ころ、東京都目黒区青葉台三丁目六番地付近道路において、東京都公安委員会が道路標識によつて指定した最高速度である五〇キロメートル毎時を超える七五キロメートル毎時で、普通乗用自動車を運転したものである」

というのであるが、前記のとおり本件公訴提起の手続が法令に違反し、無効のものであるから、刑事訴訟法三三八条四号にのつとり本件公訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引紳郎 石橋浩二 藤野豊)

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